第4章 雄英体育祭編
目を開けると、見慣れない天井が視界に入った。
「……ここは」
ぼんやりとした頭で周囲を見渡す。
使われていない控室らしい。静まり返った室内には、窓から差し込む光と、遠くから聞こえる歓声だけが届いていた。
彼女はベンチに横たわっていた。
身体を起こそうとして、ふと気づく。
自分の身体に、何かが掛けられている。
視線を落とすと、青いジャージの上着があった。自分のものよりもずっと大きく、袖がベンチから垂れ下がっている。
「……爆豪くんの?」
微かに残る体温を確かめるように、彼女は上着に触れた。
そばの椅子は少しだけ引かれたまま。机の上には飲料水が一本置かれている。誰かがここで彼女の様子を見守っていたのだろう。
先ほどまで、自分を抱き上げていた少年の姿が脳裏をよぎる。
乱暴な口調。強引な振る舞い。それなのに、彼は結局、彼女を放っておかなかった。
「……変な人」
小さく呟いた声は、誰もいない控室に消えた。
そのとき、机の上に一枚の紙が置かれていることに気づいた。
手に取ってみると、走り書きのような文字が並んでいた。
『勝手に動くな。水飲め。まだフラつくなら誰か呼べ。あと、上着は返せよ』
思わず、彼女の口元が緩んだ。
「……命令ばっかり」
ぶっきらぼうな文字から、彼の声が聞こえてくるようだった。
けれど、その書き置きの最後には、少しだけ筆圧の強い文字が付け足されていた。
『無理すんな』
彼女は、その一言をしばらく見つめていた。
そして、ゆっくりと紙を机に戻す。
「……ありがとう」
誰もいない部屋で、そっと呟いた。
喉がひどく渇いていた。
彼女は飲料水のキャップを開け、乾いた喉にゆっくりと水を流し込む。一口、二口。冷たい水が身体に染み渡り、ようやく少しだけ意識がはっきりしてきた。
身体の奥に残っていた疼きは、まだ完全には消えていない。
けれど、先ほどのような激しい波は収まっていた。
注射の効果が出ているのだろう。
「……よかった」
彼女は小さく息を吐いた。
あの場で暴発していたら、どうなっていたか分からない。
誰も巻き込まずに済んだ。それだけで、今は十分だった。
窓の外から、ひときわ大きな歓声が響く。