第4章 雄英体育祭編
「医務室に連れてく」
「それだけは駄目……!」
彼女の声が、思いのほか鋭く響いた。
爆豪の足が止まる。
「……あ?」
「医務室だけは、駄目……」
彼女は爆豪の服を掴んだ。
その指先は、驚くほど冷たかった。
「お願い……そこには、行かないで……」
いつもの彼女なら、決して口にしないような言葉だった。
――懇願。
爆豪は、彼女を見下ろした。
何か事情がある。
それも、ただの怪我や体調不良では済まないような事情が。
手の中の注射器。
医療班を拒絶したこと。
そして、医務室を前にしたこの反応。
疑問は増えるばかりだった。
だが、今ここで問い詰めたところで、彼女が答えるとは思えなかった。
「……分かった」
短く答える。
彼女が、驚いたように顔を上げた。
「ただし、誰もいねぇ場所で休ませる。そんで、お前がまともに動けるようになるまで、俺は帰らねぇ」
「……どうして」
「は?」
「どうして、そこまでするの……?」
爆豪は一瞬、言葉に詰まった。
自分でも分からなかった。
勝った相手だ。
試合が終われば、それでいいはずだった。
なのに、あの場から立ち去る彼女を見た瞬間、放っておけなかった。
何かがおかしい。
何か、取り返しのつかないことが起きる気がした。
その理由を知るまでは、どうしても目を離せなかった。
「……知らねぇよ」
爆豪は顔を背けた。
「ただ、目の前でぶっ倒れそうな奴を放っとけるほど、俺は薄情じゃねぇ」
そう言って、再び歩き出す。
おもちの意識が遠のきかける。
彼の制服を掴む指に、わずかに力がこもった。
それに気づいた爆豪は、腕に力を込めた。
爆豪は、ほんの少しだけ息を吐いた。
だが、彼女の顔色を見るたびに、胸の奥の焦燥は消えてくれない。
腕の中の身体は、驚くほど軽かった。
こんな状態になるまで、何を隠していたのか。
あの注射器は何なのか。
そして――。
試合中、彼女は本当に自分の全力と戦っていたのだろうか。
爆豪は唇を引き結んだ。
勝ったはずなのに、自分の知らないところで、彼女はずっと何かと戦っている。
その事実だけが、どうしようもなく気に食わなかった。
「……絶対、後で全部吐かせてやる」
誰にも聞こえないほど小さく呟く。
彼女は答えなかった。
ただ、彼の制服を掴んだまま、静かに目を閉じていた。