第4章 雄英体育祭編
医療班が息を呑む。
冷たい声だった。
いつもの穏やかな彼女からは想像できないほど、拒絶の色が滲んでいる。
身体に触れられたくない。
――今は。
理由は、はっきりしていた。
嫌な予感がする。
こんなにも長時間、不可侵領域を維持したのは久しぶりだった。
身体の奥が、疼いている。
まるで、何かが目を覚まそうとしているように。
「……っ」
胸元を押さえる。
鼓動が異様に速い。
指先から、微かな異変が走った。
――まずい。
この感覚を、彼女は知っている。
個性の暴発。
制御を失えば、周囲を巻き込む。
ここには――人が多すぎる。
「……ここじゃ、駄目」
彼女はゆっくりと立ち上がった。
足元がふらつく。
それでも、歩く。
誰もいない場所へ。
意識があるうちに。
人のいないところまで――。
「……早く……」
誰にも気づかれないように。
誰も巻き込まないように。
彼女は、ふらつく身体を引きずりながら、スタジアムの外へ向かって歩き始めた。
その背中を――。
爆豪は、ただ黙って見ていた。
「…………」
勝った。
確かに、自分が勝った。
なのに――。
何だ、この胸騒ぎは。
さっきの攻撃で、完全に倒したはずだった。
血も流していた。
立っているのがやっとのはずだ。
それなのに、あいつは、治療を拒んだ。
まるで――自分の身に起こっていることを、誰よりも理解しているみたいに。
「……おい」
思わず声が漏れる。
彼女は振り返らない。
ただ、スタジアムの出口へ向かって歩いていく。
その背中が、妙に遠く見えた。
「……待て」
返事はない。
爆豪の眉間に皺が寄る。
「おい……待てっつってんだろ」
それでも彼女は止まらない。
その瞬間――。
爆豪の中に、初めて別の感情が生まれた。
勝利の高揚ではない。
苛立ちでもない。
――恐怖に近い、焦燥。
何かがおかしい。
自分は、あいつを倒した。
なのに――。
「……俺、何かやべぇことしたんじゃねぇだろうな」
その言葉だけが、喉の奥に引っかかった。
爆豪は、遠ざかっていく彼女の背中から目を離せなかった。