第4章 雄英体育祭編
(これ、そろそろ負けた方がいいのでは?)
あまりにも場違いな考えだった。
目の前では、芦戸が真剣に勝とうとしている。
観客席では、クラスメイトたちが声援を送っている。
誰もが、彼女が勝つか負けるかを見守っている。
なのに本人は、勝利の先にある面倒事を考えていた。
(体育祭で目立ちすぎるのも、考えものね……)
そう思ったところで、彼女は小さく首を振った。
(……いや。負けるにしても、不自然なのは駄目)
わざと負けたと悟られれば、それこそ疑念を招く。
芦戸にも失礼だ。
ならば、どうするか。
彼女は芦戸の構えを見た。
酸の射程。
足運び。
攻撃後の隙。
頭の中では、すでに勝ち筋がいくつも組み上がっている。
勝とうと思えば、勝てる。
だが、勝った先には、爆豪との対戦が待っているかもしれない。
(……困ったなぁ)
彼女は心の中で、珍しく本気のため息をついた。
そのとき。
「ねえ! ちょっと!」
芦戸が声を張り上げた。
「さっきから何か考えてるでしょ!? 私との試合に集中してよ!」
彼女は、はっと顔を上げる。
そして、芦戸の真剣な表情を見た。
……ああ。
そうだった。
今、自分は試合の真っただ中にいる。
目の前にいるのは、勝ちたいと願って戦っているクラスメイトだ。
ここで自分の都合だけを優先するのは、違う。
「……ごめんね、芦戸さん」
彼女は表情を改めた。
「ちょっと、考え事をしてた」
「もーっ! もう考え事禁止!」
「ふふ。分かった」
彼女は、もう一度構え直す。
今度は、余計なことを考えない。
「ごめんね。今度こそ集中する」
そう答えたものの、頭の片隅ではまだ悩んでいた。
(できれば、ここで負けたい。でも、不自然な負け方はできないし……)
目の前では、芦戸が再び構えを取っている。
彼女は一度、ゆっくりと息を吸った。
(……仕方ない。普通に戦おう)
勝とうとしない。
けれど、負けようともしない。
ただ、相手の動きに合わせて、必要な分だけ動く。
それなら不自然にはならないはずだ。
『さあ、試合再開だぁ!!』
実況の声が響く。