第4章 雄英体育祭編
彼女は乱れた髪を耳にかけ、場外に出た八百万へ手を差し伸べた。
「大丈夫?」
「……は、はい」
八百万は呆然としたまま、その手を取った。
「申し訳ありません……。私、何もできなくて……」
悔しそうにうつむく八百万。
彼女はその表情を見て、少しだけ眉を下げた。
「謝らなくていいよ」
「でも……」
「今回は、私が先に動いただけ」
彼女は柔らかく微笑んだ。
「八百万さんの個性は、あんな一瞬で使い道がなくなるようなものじゃないでしょう?」
八百万が、はっと顔を上げる。
「あなたなら、もっといろいろな戦い方ができるはず。自分で自分の可能性を狭めちゃ、もったいないよ」
それだけ言うと、彼女は手を離した。
まるで、試合の勝敗など大したことではないかのように。
けれど、その目は真剣だった。
彼女には分かっていた。
八百万は、実力が足りないのではない。
自分の実力を信じきれず、判断する前に迷ってしまっている。
だからこそ、試合の最初の一歩を踏み出せなかった。
(……このままじゃ、あの子の良さが埋もれてしまう)
そんなことを考えながら、彼女は退場口へ向かった。
***
観客席では、A組の面々がそれぞれ違った反応を見せていた。
「……速っ!」
切島が身を乗り出す。
「今、個性使ったか!?」
上鳴が隣の耳郎を振り返った。
耳郎は腕を組み、試合が終わった場所を見つめている。
「いや……少なくとも、派手な個性の動きはなかったと思う」
「じゃあ、体術だけであれをやったってことかよ……」
緑谷は、ノートを開きかけた手を止めていた。
「重心移動を利用して、八百万さんが動き出す前に間合いを詰めて……それから軸をずらして、進行方向を……」
緑谷はしばらく考え込んでいた。
一方、轟は静かに彼女の退場する姿を追っていた。
「……個性を使わずに、あの動きか」
その隣で、爆豪が舌打ちする。
「チッ……」
短い音。
だが、その目は笑っていなかった。
彼女が強いことは、もう分かっている。
問題は、どこまで強いのかが、いまだに分からないことだった。