第4章 雄英体育祭編
昼休憩。スタジアムの喧騒から離れた、校舎裏。
人の姿はない。
遠くから聞こえてくる歓声も、ここまで来れば薄い。彼女は壁にもたれ、一人で缶コーヒーを傾けていた。
ゴクッ。
最後の一口を飲み干す。
「……ふぅ」
眠気覚ましにコーヒーを飲み、ようやく、息がつけた。
視線が多すぎる。
観客、プロヒーロー、教師、生徒、そして、敵がどこかに紛れ込んでいる可能性すらある。
公安として染みついた警戒心は、人の多い場所にいるほど強くなる。
だから、ほんの少しだけ誰の目も気にせず、息をつける場所が欲しかった。
彼女はポケットから煙草を取り出した。
一本に火をつける。
赤い火種が、小さく揺れた。
「……ふぅ」
煙を吐き出す。
張り詰めていた身体が、ようやく緩んでいく。
体操服姿のまま、煙草を吸う女子高生。
傍から見れば、どう考えても雄英生らしくない。
けれど年齢を偽って雄英高校に潜入捜査にあたっている成人女性の彼女にとっては、これもまた日常だった。
そのとき、
「体操服姿で、一服するとは」
背後から、声がした。
「とんだ雄英生がいたもんだね」
彼女の動きが止まる。
聞き覚えのある声。
煙草を咥えたまま、ゆっくり振り返った。
「……ホークス」
そこにいたのは、赤い翼を背負った男。
軽薄そうな笑み。飄々とした態度。
けれど、その目だけは――
彼女をまっすぐ見ていた。
「やっぱりここにいた」
「……何で分かったの」
「分かるよ」
ホークスは何でもないことのように答えた。
「君、人が多いところに長くいると、必ず一回は抜けるから」
「……」
彼女の眉が、ほんの僅かに動く。
「よく見てるわね」
「見てるよ」
あまりにもさらりと言うものだから。
彼女は一瞬、返す言葉を失った。
「……仕事熱心なことで」
「仕事だけなら、こんなところまで追いかけてこないよ」
その言葉に、彼女の表情がわずかに止まる。
ホークスは、そんな彼女を見て――
ふっと目を細めた。
「……絵になるねぇ」
「何が?」
「いや」
赤い翼を背負った男が、少しだけ首を傾ける。
「煙草吸ってる君」
いつもの軽い笑み。
なのに、その言葉だけは妙に真っ直ぐだった。
彼女は返事の代わりに、もう一度煙草を吸った。
煙が、二人の間をゆっくりと流れていく。