第10章 狂い雨
『すみません、せっかく私を助けてくださった、大切な夏油さんのことを忘れてしまっていて……』
「気にしなくていいよ。なんせ君がまだ、小さい時の話だからね。気にして小さくなっている姿も、あの頃と全く変わらなくて可愛いけれど」
夏油さんは細い目をさらに優しく細めて、私の頭をそっと撫でて、微笑んだ。五条先生たちとはまた少し違う、どこか冷たくて、だけど深い慈愛に満ちた、懐かしい手のひらのぬくもり。
『夏油さん……お元気でしたか?』
「ああ、元気だったとも。私より、君は大丈夫かい?代行者の事件のニュースを見てね、ずっと君の身を案じていたんだ。……こうしてまた、健やかな姿で再会できて嬉しいよ」
『私のことを……? ありがとうございます』
あの頃と変わらず、優しく気にかけてくれている夏油さん。
その優しさが嬉しくて、私は温かい笑みを夏油さんに向けた。
『そういえば、どうしてこんな山の中にいるんですか?……あっ……もしかして、五条先生を訪ねて来られたのですか?確か—–親友って言ってましたよね?』
私の問いかけに、夏油さんは一瞬だけ、目元にふっと複雑な影を落とした。けれど、すぐにいつもの穏やかな笑顔に戻ると、どこか困ったように眉を下げて、ぽつりと呟いた。
「あぁ………いいや。悟に会いにきたんじゃないよ。君に会いにきたんだ。」
『え?私ですか?』
「ああ。……それに悟には、会えないんだ。実は、私は今、悟と少し……喧嘩をしてしまっているからね」
『五条先生と、喧嘩、ですか……?』
「ああ。だから、私がここに来ていることが知られると、少しややこしいことになってしまうんだ。だからね、雫。私とここで会ったことは、悟や高専の誰にも——“絶対に言わないでね”」
『?……わかりました! 誰にも言いません』
五条先生と喧嘩をしているから、見つかると気まずいのだろう。私は大好きな二人が喧嘩をしてしまっていることに少しだけ胸を痛めつつも、夏油さんの言葉に納得して、頷いた。夏油さんは「ありがとう、いい子だね」と嬉しそうに目を細めると、ふと、思い出したように私の顔を覗き込んできた。
「……そういえば、百合(ゆり)さんのことは、本当に残念だったね」
百合——。
その名前が夏油さんの口から零れ落ちた瞬間、私の胸の奥が、ぎゅっと引き裂かれるように痛んだ。
