第10章 狂い雨
彼女は私を酷く嫌っている。保身ばかりを気にして、私に冷たい言葉ばかりをぶつけてくる、恐ろしい護衛官だ。
だけど、彼女は同時に、職務に対してだけは異常なほどに「真面目」な人だった。仮とはいえ、護衛官として、私の体調を誰よりも近くで見続けてきたからこそ、今の私の言葉が、単なるわがままや狂言ではないことを、彼女は瞬時に理解したのだろう。
私の顔に浮かんだ僅かな血の気のなさと、必死に耐えている小さな手を、皐月さんはじっと見つめていた。
沈黙が部屋を支配する。やがて、彼女は小さくため息を漏らすと、いつもの冷酷な声音の中に、ほんの僅かだけ、私を生かすための確かなトーンを混ぜて呟いた。
「……まぁ、よくぞここまで……耐えた方ですね。今年は去年よりも梅雨の時期が早かったですし、約二週間も遅らせたともなれば、身体への負担も大きかったでしょう」
『皐月、さん……』
「分かりました。体調を崩されてスケジュールを狂わされる方が、私にとっても、民にとっても、迷惑ですからね。……梅雨の顕現を、すぐでも開始できるよう、私から四季庁の上の連中に直接許可を取りに行きます」
冷たい言葉。自分の保身のための理由。
だけど、確かに彼女は、私の現在の少しの体調の悪さを見抜き、私のために四季庁へ掛け合ってくれると言ってくれたのだ。
私を恐怖の手から守ってくれていた、あの真面目な護衛官としての姿がそこにはあって、私は胸の奥が震えるのを感じながら、深く、深く頭を下げた。
『……っ、ありがとうございます、皐月さん……っ!』
「お礼など不要です。許可が下りるまで、あなたには関係のない高専の連中と呑気に群れるのはやめて、大人しく過ごしてください。」
皐月さんはそれだけを冷たく言い残すと、私の返事を待たずに、バタンとドアを閉めて部屋を出て行ってしまった。
一人残された静かな部屋で、私は深く息を吐き出しながら、ベッドの上の寝巻きをもう一度抱きしめた。