第9章 春霖
「さて、それじゃあ体調管理のスケジュールとやらを私にも見せてくれるかい? 四季庁だか皐月だかって護衛官が、ずいぶん細かい書類をよこしてきたからさ。……まったく、あいつらは人間を何だと思ってるんだかね」
家入さんは引き出しから書類を取り出し、呆れたようにため息をついた。そこには、梅雨の代行者としての厳しい制限事項がびっしりと書き込まれていた。
私は少し気まずさを覚えながらも、自分の身体の仕組みについて説明をした。
『あの……梅雨の期間が近づくと、どうしても体温が下がってしまったり、呼吸が少し苦しくなってしまうことがあって……。皐月さんは、それを少しでも狂わせないようにと、いつも厳しく管理してくださるんです』
「狂わせないように、ねぇ。そんなの、あんたの心と身体が、悲鳴を上げてる証拠じゃないか。代行者としての宿命だかなんだか知らないけど、あんたはまだこんなに細い、ただの女の子だよ。……熱が出たら休む、苦しかったら立ち止まる。私の前では、神様じゃなくてただの患者でいな」
家入さんはそう言いながら、私の手をそっと取り、優しく握ってくれた。
『ただの、女の子……』
家入さんのその言葉が、私の胸の奥に、すとんと温かく、優しく落ちていった。
今まで、私の周りにいた人たちは誰も、そんな言葉を私に掛けてくれたことはなかった。
「あなたは神の力を宿す特別な存在なのですから、強くありなさい」
「梅雨の代行者として、一刻の狂いも体調の乱れも許されません」
四季庁の大人たちからも、皐月さんからも、いつだってそうやって背負うべき「宿命」のことばかりを言われてきた。一人の人間として、ただの女の子だって言ってくれる人は、今までの人生に、ただの一人もいなかったのだ。
ただの女の子で、いいんだ……。苦しかったら、立ち止まっていいんだ……
今まで誰も言ってくれなかった、ずっとずっと欲しかった救いの言葉。
それをこんなに美しい、大人の家入さんから真っ直ぐに認めてもらえたことが、心の底から嬉しくて、目頭がじわりと熱くなる。
『家入さん……っ。ありがとうございます……!』
胸いっぱいに広がったあたたかい幸福感に包まれながら、私は家入さんに向けて、今日一番の満面の笑顔を咲かせた。
それにしても、と私は頭の上の温もりを思い出しながら、ふと不思議な疑問を抱いていた。
