第9章 春霖
五条先生の後ろをついていき、医務室へと向かう。
先生が大きな手で、薄暗い廊下の奥にある重そうなドアを勢いよく開けた。
その瞬間、室内から漂ってきたのは、独特な消毒液の匂いと、微かなタバコの煙の香りだった。
「おい硝子ー。入るよー」
「相変わらずうるさいよ、五条。……そっちが例の?」
白衣のポケットに手を突っ込み、デスクに腰掛けてタバコをふかしていたその女性が、気だるげに視線をこちらへと向けた。
初めて目にするその女性の姿に、私は思わずドクンと胸を高鳴らせ、目を奪われてしまった。
わあ……っ、すごく、美人さんだ……
綺麗な切れ長の瞳に、目元の小さな泣きぼくろ。ふわりと流れる豊かな髪。着物姿の私とは全く違う、白衣を気だるげに着こなす姿からは、洗練された「大人の女の人」という雰囲気がこれでもかと溢れ出ていた。同性である私から見ても、ドキドキしてしまうほど格好よくて美しい。
緊張のあまり、私は思わず先生の黒い制服の裾をきゅっと掴んで、少しだけ身を隠すように縮こまってしまった。すると、先生が私の緊張を察したように、その大きな手で私の頭を包み込むと、優しくぽんぽんと撫でて安心させてくれた。
五条先生と、すごく親しげに話している美人な女性。並んでいるだけで絵になる二人の姿に圧倒されつつ、「どこかあの人に似ているなぁ」なんて場違いなことを考えてしまう。
そんな風に思っていると不意に目が合い、彼女はニコッと微笑んで話しかけてくれた。
「よろしくね、雫。私は家入硝子。ここでは一応お医者さんをやってる。何かあったらいつでも頼っていいからね」
そう言って家入さんは、灰皿にタバコを消すと、私の目線に合わせて少しだけ腰を落としてくれた。そして、私の頭をふわりと優しく、慈しむように撫でてくれたのだ。
大人の綺麗な女性にそんな風に優しくされて、私の口元からは、嬉しさのあまり自然とふにゃりとあたたかい笑みが零れ落ちてしまった。