第9章 春霖
雫は少し気まずそうに、だけど丁寧な口調で説明を始めた。
『あの……梅雨の期間が近づくと、どうしても体温が下がってしまったり、呼吸が少し苦しくなってしまうことがあって……。皐月さんは、それを少しでも狂わせないようにと、いつも厳しく管理してくださるんです』
「狂わせないように、ねぇ。そんなの、あんたの心と身体が悲鳴を上げてる証拠じゃないか。代行者としての宿命だかなんだか知らないけど、あんたはまだこんなに細い、ただの女の子だよ。……熱が出たら休む、苦しかったら立ち止まる。私の前では、神様じゃなくてただの患者でいな」
硝子はそう言いながら、雫の手をそっと取った。
『ただの、女の子……』
「そう。だからね、もしその皐月って女や四季庁の上の連中が理不尽に責め立ててくるようなら、全部私の名前で診断書を書いて突っ返してあげる。だから何も心配しなくていいよ」
『家入さん……っ。ありがとうございます……!』
自分の身体の辛さを、保身ではなく「一人の女の子」として親身に受け止めてくれた硝子の言葉に、雫は感動したように瞳を潤ませ、あたたかい笑顔を咲かせた。
——うん。そこまでは、僕もすごく良い雰囲気だなと思って微笑ましく見てたよ?
だけど、雫が硝子に懐いて、二人で楽しそうに「ねぇ、雫、名前で呼んでよ」「はい! 硝子さん!」「ふふ、可愛いね」なんて女の子同士の空間を作り始めたあたりから、僕の胸の奥の我が儘な独占欲が、そろそろ限界を迎えていた。
何それ。僕が連れてきたのに。昨日だって僕が外の世界に連れ出して、夜だって僕が頭を撫でてあげて、さっき部屋にだって僕が起こしに行ってあげたのに。
僕を除け者にして、そんなに仲良く楽しそうに笑い合っているのが、正直、面白くない。
「はいはーい! 女の子同士のトークはそこまでー!」
ついに耐えきれなくなった僕は、二人の間に長い身体を割り込ませると、雫の小さな肩を自分の腕の中に引き寄せるようにして、ひょいと抱きかかえるような動作に入った。