第9章 春霖
初めて会う硝子に、雫は少し緊張したように僕の制服の裾をきゅっと掴んでいる。そんな彼女を安心させるように、僕は自然な動作で手を伸ばすと、その小さな頭を手のひらで包み込むようにして、優しく、何度もぽんぽんと撫でてあげた。
「そ。僕が預かることになった、雫。…雫、こっちは僕の同期の家入硝子。すっごく優秀なお医者さんなんだよ」
僕の手のぬくもりに、りながほっと肩の力を抜く。
その様子を、硝子はタバコをくわえたまま、ニヤニヤとした意地悪そうな目でじっと見つめてきた。
「へぇ……」
「……何さ、その目」
「いや、ずいぶんその子のことを気に入ってるんだなと思ってさ。お前がそんなに優しく頭を撫でるなんて、珍しいこともあるもんだ」
「別に普通だし。僕の大切な生徒だからね」
そう言いながらも、僕は頭を撫でる手を離す気なんてこれっぽっちもなかった。
すると、硝子は笑ってタバコを灰皿に消すと、デスクから降りて雫の目の前へとゆっくり歩み寄ってきた。緊張で少し身を固くした雫の目線に合わせるように、少しだけ腰を落とす。
「よろしくね、雫。私は家入硝子。ここでは一応、医者をやってる。何かあったらいつでも頼っていいからね」
そう言って、硝子は僕の手を退けて、雫の頭をふわりと優しく、慈しむように撫でてあげたのだ。
そのあまりにも自然で優しい手つきに、雫は驚いたようにパチパチと瞬きをしたあと、嬉しそうに頬を緩めた。
はは、何が珍しいこともあるもんだ、だよ。——硝子こそ、もう雫のこと、めちゃくちゃ気に入ってるじゃん
心の中でそうツッコミを入れながら、僕は二人の様子を少しだけ誇らしい気持ちで見つめていた。僕が思った通り、硝子も雫の愛らしい様子と真っ直ぐな瞳に、一目で毒気を抜かれたらしい。
「さて、それじゃあ体調管理のスケジュールとやらを私にも見せてくれるかい? 四季庁だか皐月だかって護衛官が、ずいぶん細かい書類をよこしてきたからさ。……まったく、あいつらは人間を何だと思ってるんだかね」
硝子は引き出しから何枚かの書類を取り出すと、呆れたようにため息をついた。そこには、雫の厳しい健康管理や、制限事項がびっしりと書き込まれていた。