第9章 春霖
ソファに腰掛けて少しスマホをいじっていると、パタパタという、どこか弾むような足音が廊下から聞こえてきた。
『五条先生、お待たせいたしました……っ』
上がってきた彼女を見て、僕は思わず息を呑み、それから目隠しの奥で目を細めた。
湯上がりだからだろう、雫の白い肌はほんのりと、のぼせたように綺麗な桜色に染まっている。そして今日彼女が身にまとっていたのは、深い藍色に、流れるような白い模様があしらわれた美しい着物だった。
……可愛い。いや、ほんと可愛いな
藍色の深さが、彼女のどこか神秘的な美しさをこれ以上ないほど引き立てている。心の中で素直にそう絶賛しながら、同時に僕の頭の中には、我が儘な独占欲がむくむくと湧き上がっていた。
この後、買い物にでも連れ出そうかなー
この着物姿も最高に似合っているけれど、彼女はびっくりするほど色白だし、スタイルだって良い。絶対に洋装だって似合うはずだ。フリルのついた可愛いワンピースを着せて、僕の手で髪を可愛く結んであげて……うん、どんな服を着せても絶対に似合うに決まってる。着物ばかりじゃなくて、僕の好きな服で彼女をいっぱい着飾って、僕だけのものにしたい——。
『五条先生……? あの、私の顔に、何か付いていますか……?』
じっと見つめすぎてしまったせいで、雫が不安そうに首を傾げる。
「ううん、何でもないよ。着物、すっごく似合ってて可愛いなーって思ってさ」
『えっ……っ、あ、ありがとうございます……っ』
直球の褒め言葉に、彼女は桜色だった頬を一瞬で真っ赤に染めて、着物の袖をぎゅっと握りしめて俯いてしまった。本当に、からかい甲斐があって愛おしい。
「んじゃ、行こっか。」
『はい!』
元気に返事をした彼女を連れて、僕たちは硝子のいる医務室へと向かった。
重いドアを開けると、室内には特有の消毒液の匂いと、微かなタバコの煙の香りが漂っている。
「おい硝子ー。入るよー」
「相変わらずうるさいよ、五条。……そっちが例の?」
白衣のポケットに手を突っ込み、デスクに腰掛けてタバコをふかしていた同期の——家入硝子が、気だるげに視線をこちらへ向けた。