第8章 谷雨
乙骨side
車の心地よい振動と、夕暮れ時の静かな空気。
ふと隣を見ると、雫ちゃんは窓の外を流れるオレンジ色の街灯を見つめながら、今にも閉じてしまいそうな重い瞼を必死にこじ開けようとしていた。
今日一日、慣れない外の世界で、僕たちと一緒に全力で遊んでくれたんだ。きっとすごく疲れているはず。
……あ、
コト、と車の小さな揺れに合わせて、雫ちゃんの頭がすとんと僕の方へと傾いた。
そのまま、僕の右肩の上に、彼女の小さな頭が優しく着地する。
「……っ」
不意のことに、僕の身体は緊張でカチリと強張ってしまった。心臓がうるさいくらいに大きな音を立て始める。
けれど、彼女を起こしてしまわないように、僕は静かに息を吐いて身体の力を抜いた。そして、彼女の頭が滑り落ちてしまわないように、そっと自分の肩の位置を優しく調節する。
真横からフワリと漂う、あの優しくて、酷く切ない、どこか懐かしい雨の匂い。
さっき湖のほとりで、真っ赤になりながら、僕の名前を呼んでくれた彼女の、愛おしい姿が頭をよぎる。
真っ赤になって、はにかみながら、そう言った彼女を、僕は一生をかけてでも守りたいと思った。
肩にかかる心地よい重みと、彼女の規則正しい小さな寝息を愛おしく感じながら、僕は高専に着くまでの間、ずっと彼女の寝顔を静かに見つめていた。
やがて車が敷地内に入り、滑らかに停車した。
「高専に戻りましたよ。……おや、五月雨さんはぐっすりですね」
伊地知さんの控えめな声が響き、真希さんやパンダくんたちが足音を忍ばせながら車を降りていく。
「…… 雫ちゃん。着いたよ、起きて……って、無理そうだね」
大好きな彼女の名前を耳元でそっと囁いてみる。けれど、彼女は完全に夢の中のようで、愛らしい寝息を立てるばかりだ。