第8章 谷雨
「おや〜? なに二人で真っ赤になって見つめ合っちゃってんの〜? もしかして先生の知らない間に、僕の可愛い生徒たちが一歩大人の階段を上っちゃった感じ〜?」
カシャリ、とわざとらしいシャッター音の真似と共に、ひょっこりと大きな影が私たちの間に割り込んできた。
長い足を優雅に運んでニヤニヤと笑っているのは、いつの間に近づいてきたのか、目隠しを指で少しずらした五条先生だった。
『ご、五条先生……っ!?』
あまりのタイミングの悪さと恥ずかしさに、私の心臓は本日何度目か分からないほどの爆発的な速さで跳ね上がった。顔から火が出そうになるとは、まさに今の私のことだと思う。
「あはは、雫顔真っ赤。憂太も、耳まで赤くしちゃってさ。ねえねえ、先生にも何の話してたのか教えてよ」
「……っ、な、何でもないです! 五条先生、からかわないでください……!」
真横で憂太くんが、裏返りそうな声を必死に抑えながら抗議している。だけど、その視線はどこか泳いでいて、私を「雫ちゃん」と呼んでくれたあの瞬間の甘い温度が、まだ彼の周りにふわりと残っているのが分かった。
「ちぇー、ケチ。まあいいや。真希たちもそろそろお腹が落ち着いたみたいだし、伊地知を待たせるのも悪いから、みんなのところに戻ろっか」
先生はそう言って、私の頭をまた子どもをあやすようにクシャクシャと優しく撫でると、先に立って歩き出した。
私と憂太くんは、お互いに赤くなった顔を盗み見ることすらできず、どこかぎこちない距離を保ったまま、先生の大きな背中を追いかけるようにして3人でみんなの元へと歩いて行った。
広場に戻ると、真希さんが「遅かったじゃねぇか」と呆れたように笑い、パンダさんが「名残惜しいのは分かるけどな」と嬉しそうに目を細めてくれた。棘くんも「しゃけ、しゃけ」と優しく微笑んでくれる。
そこには、四季庁の冷たい空気も、皐月さんの保身のための小言も、何一つ存在しなかった。ただひたすらに、温かくて優しい、ひだまりのような時間が私を包み込んでくれていた。
——だけど、楽しい逃避行の時間には、どうしても終わりの時間がやってくる。