第8章 谷雨
お店に入ると、香ばしいデミグラスソースやバターの幸せな匂いが鼻腔をくすぐる。カランコロンと鳴るドアの鈴の音も、テーブルに並ぶ綺麗なメニュー表も、私にとっては見るものすべてが新鮮で、胸がドキドキと高鳴った。
実は、こうして普通のお店にふらりと入って、みんなと机を囲んでご飯を食べるなんて、私の人生で「ほとんど初めて」のことだった。
いつもは『代行者』としての身分があり、賊に狙われると危ないし、お店にも迷惑をかけてしまうからという理由で、外食は、許されてこなかったから。食事はいつも、離宮や四季庁の決められた部屋で、食べるか、あるいは、顕現中は、移動をするのでコンビニとかのものを食べるだけだったのだ。
「五月雨さん、何にする? オムライスとか、ハンバーグも美味しそうだよね」
隣の席の憂太さんが、メニューを開いて見せてくれる。
『あ……えっと、じゃあ、その……オムライス、を食べてみたいです……!』
みんなでワイワイと言いながら注文を終え、しばらくすると、目の前にツヤツヤとした卵がのった温かいオムライスが運ばれてきた。スプーンですくってそっと口に運ぶと、優しくて、とろけるような美味しさが口いっぱいに広がった。
『っ……おいしいです……!』
あまりの美味しさと、みんなと笑い合いながら食べる食事の温かさに、胸がじーんと熱くなって、ポロリと目から涙がこぼれそうになってしまう。
「よかったな」
真希さんが驚いたように、だけど愛おしそうにフッと目を細めて私の頭を撫でてくれる。
「 雫、好きなだけ食えよ。足りなきゃ俺のを分けてやるからな!」
「おかか、しゃけ!」
パンダさんや棘くんも自分の取り皿からお裾分けをくれようとして、テーブルの上は一気に賑やかになった。