第8章 谷雨
乙骨side
窓の外を流れる景色を眺めながら、僕はあえて、昨日からずっと気になっていたことを左隣にいる真希さんに、遠回しに話題にしてみた。
「真希さん、桜……もうだいぶ散ってきてるね。10年ぶりの春なのに、なんだか寂しいよね。
……それにしても、本当に四季の代行者がいたなんて、驚きだよね」
「あ? ああ、テレビはまだその話題で持ちきりだしな」
「冬の代行者が首都高を凍らせたって、ニュースでやってたけど、すごいよな」
「しゃけしゃけ!」
真希さんが呆れたように言い、前に座っていた、パンダくんと狗巻くんも会話に参加する。
その会話が耳に入った瞬間、僕の右隣に座る五月雨さんが、ピクッと微かに肩を揺らしたのが分かった。
彼女は膝の上で、きゅっと着物の袖を握りしめ、じっと息を潜めるようにして僕たちの話を聞いている。
——やっぱり……。五月雨さん、気になるよね……この話。
昨日のお昼休みに彼女が言っていた “不思議な力” という言葉。
そして、彼女からフワリと漂う、あの懐かしい雨の匂い。すべてのピースが、僕の中でカチリと音を立てて噛み合っていく。
「……ねぇ、真希さん。もうすぐ梅雨の季節だけど——もしかしたら、梅雨の代行者もどこかにいるかもしれないね」
「梅雨?」
「ほら、教科書の端っこに、載ってなかった? 恵みをもたらす神様、みたいな感じでさ。確か、載ってたと思うんだよね」
僕はそう言いながら、五月雨さんの顔を真っ直ぐに見つめた。
五月雨さんの顔から、さっと血の気が引いていくのが分かった。
まるで、誰にも触れられたくない秘密の箱をこじ開けられたかのような……戸惑いと動揺した瞳。
間違いない——。
五月雨さん……やっぱり君は、あの時出会った……
僕が確信を深め、彼女が俯いた、その時だった。