第6章 茂み雨
「ねえ、雫。皐月さんがいなくて不安?」
『……え?』
ぽつり、と。
それまで走る生徒たちを眺めていた五条先生が、目隠しの奥の視線をグラウンドに向けたまま、静かな声で私に話しかけてきた。
まるで、私の心の中を見透かしたかのような問いかけに、心臓が小さく跳ねる。
「護衛官って、心の支えなんでしょ?」
『あぁ……いえ。彼女は “四季庁” から派遣されてきた人で、仮の護衛官です。なので、不安はないですよ』
私は笑みを浮かべて、そう答えた。
“四季庁” ——それは、代行者たちを管理し、日本の季節の平穏を裏から支える政府直轄の機関。
——そして、代行者にとって、普通、護衛官とは、人生のすべてを共有する、唯一無二の存在なのだ。
人でありながら神の力を宿す、孤独な宿命。
その過酷な使命や苦悩を、最も近くで誰よりも理解し、生涯を添い遂げるパートナー。唯一の理解者。
代行者と護衛官は、共依存に近いほどの強い執着で結ばれているのが普通で、彼らの隣こそが、代行者にとって何よりも安心できる場所。だから、護衛官がそばにいないと、個人差はあれど、少なからず普通なら少しは、不安になってしまうものなのだ。
それなのに、私は——。
本物の護衛官ではない「仮」の存在であり、任務として私を監視し、私のことを嫌っている皐月さんが今ここにいないことに、心の底から安心している。
——そんな私の本音を、隣にいるこの人は、一体どこまで見抜いているのだろう。