第12章 液雨
入ってきたのは、憂太くんだった。
「雫ちゃん、おはよ。……聞いたよ。明日、顕現を行うんだってね」
『あ、憂太くん……おはよう……。うん、ようやくだよ…!』
笑顔でそう答え、私は、ふと他のみんながいないことに気づいた。
そんな私を見て憂太くんは少しだけ眉を下げて、私のベッドの脇のパイプ椅子に腰掛けると、みんながいない理由を話してくれた。
「今日はね、みんな任務に出払っちゃって高専にはいないんだ。
五条先生なんて、「明日のりなの顕現、僕が付き添うから明日の仕事をゼロにする!」って言って、朝一番から、任務に出かけて行ったよ。
絶対に付き添うために、自分以外の任務にも行くみたいだよ」
『えっ……五条先生が、私のために……』
どうして、私のために……顕現のために、そこまでしてくれるの?
——幼い頃の私にとって、顕現は、とても特別なものだった。
私が梅雨を、雨を呼ぶと百合が嬉しそうだったからだ。「あなたの降らせる雨が好きよ」と——。
大地を巡り、梅雨を齎す。
雨が降り、季節が移ろうその瞬間に、私はいる。それは、とても特別なこと。
だけど、百合が亡くなってから、私にとって顕現は、特別なものではなくなった。
でも、みんなは、顕現を特別なもの、大切なものとして扱ってくれる。そんなみんなの思いに、私の胸の奥がじんわりと温かくなると、同時に、私は、また……顕現が特別なものだと思えた気がした。
「硝子さんも、忙しいみたいで、今日は一日中席を外すみたいなんだ」
『……』
「雫ちゃん?」
名前を呼ばれ、ハッとすると、憂太くんが私の顔を覗き込んでいた。
驚きながらもなんとか返事をする。
『えっ、あ、そうなんだね……』
「うん。……だからね」
私の反応に不思議そうな顔をしながらも、憂太くんはそう言うと、私の右手を、温かい手のひらでそっと優しく、壊れ物を包み込むようにぎゅっと握りしめてくれた。彼の綺麗な瞳が、真っ直ぐに私を捉える。
「今日は僕が、一日中君の傍に居るからね。」
『え……っ、憂太くん……っ』
静まり返った、誰もいない医務室。
五条先生やみんながいないのは少しだけ寂しいけれど、目の前で、私の手を握って「傍に居る」と微笑んでくれている憂太くんの存在が、何よりも愛おしくて、心強かった。