第3章 知らぬが花
「……勝手知ったる振る舞いも随分と板についてきたな」
「本当ですか?ふふ、通い詰めてよかったー。なら、これからもここに来ますね!」
「…………皮肉も通じんか」
「?」
褒めたつもりも、認めたつもりも毛頭ない言葉を、よくもここまで曲解できるものだ。
我が物顔で喜んでいるシキを余所に、成恢は手元の乳鉢へ意識を戻し、薬研を揺らす手を再開させた。
付き合いきれん。
シキは、迷うことなく作業机の脇へと歩み寄った。
机の横には一脚の椅子が置かれており、当然のように腰を下ろすと、ニコニコと笑いながら成恢の横顔を見つめてくる。
元々この場所にシキのための椅子などなかった。
以前、彼女がここへ入り浸るようになった頃には、研究用の資材を持ち込んだ際に使用した空の木箱が部屋の隅に積んでおり、それを勝手に椅子代わりにしていたのだ。
件の木箱は、今は王都内の研究所にある。
大きさが程良く、資材を一時的に保管しておくのに都合が良かったため、成恢がシキに運ばせたのだ。
――――遠回しに、"ここにお前の居座る場所はない"と突き付けたつもりだった。
多少は、その意図を察するかとも思った。
だが、そんなことを考えられる思考回路を持っているのなら、そもそもシキは最初からこの場所へ訪れてなどいない。
案の定、木箱を運び出した後もシキは何ら気にする様子を見せなかった。
しばらくすると、どこからともなく自分用の椅子を調達してきたのである。
屋敷にあった処分予定の古椅子を厚意で貰って来たのだそうだ。
余計なことを……。
作業机とほぼ同じ高さであった木箱に腰掛け、上から見下ろされるよりはマシと言えばマシであったが、大差など誤差の範囲である。
「こっちの椅子の方が、前より成恢さまが近く見えていいですね」「俺は何もよくないがな」といった下らぬやり取りをした記憶が脳裏を掠めた。