第3章 知らぬが花
許可していないのに扉を開ける無作法を何度咎めてきたことか。
残念ながら、これまで意味を成したことはない。
シキにしてみれば、断られなかったから是と捉えただけのことだった。
質が悪いにも程がある。
「成恢さま、こんにちは。お城の方の研究室にいなかったから、やっぱりここにいた」
「…………」
よかったぁ、会えて――と言いながら悪びれもなく、そして、何の遠慮もなくやってきた無礼な女に成恢は振り返りもせず、なおも無言を返す。
何もよくないが?としか思えなかったからだ。
そんな成恢の心情など知ったことではないとばかりに、シキは死毒の気配が濃密に漂う地下研究室へ、まるで散歩でもするかのような気軽さで足を踏み入れてくる。
踵を床に当てずに爪先だけで踏み込む足取りは軽く、音をほとんど立てない。
これで気配を殺していれば、気付かなかった可能性もあるだろう。
実際、何度かシキが成恢を驚かそうとしたことはある。
どれも成恢が作業をしていない間を選んでの悪戯だったが、万が一を考慮して「二度とするな」と成恢が叱ってからは流石にやらなくなった。
こういったお咎めは素直に聞き入れるくせに、どうして「二度と来るな」だけは聞き入れないのだろうかと思わずにはいられない。
本来、この部屋は成恢の許可なく立ち入ることすら許されぬ聖域であり、間違っても"遊びに来た"などという理由では済まされない危険も孕んでいる。
特殊な仕組みで幾重もの換気路を設けているとはいえ、空気中には微量の有毒成分や、皮膚を刺すような鉱物粉末の異臭が常時漂っているのだ。
並の人間ならば数刻と経たずに目や喉の痛みを訴え、酷い場合には呼吸不全を起こして倒れ伏す。
ましてや何の防具も着けず、素顔のまま平然と足を踏み入れるなど正気の沙汰ではない。
――――並の人間ならば、か。
長年あらゆる毒に触れ続け、自ずと耐性を身に着けてきた成恢とは異なり、一切の毒を受け付けない肉体を持つ女。
人体において、合理的な説明が出来ない異常を持って生まれたシキには、決して当て嵌めることの出来ない言葉だ。
ついでに性格や神経の図太さも並外れている。
彼女の異常や頭のおかしさに苦悩するより、役に立つ割合の方が若干に勝るのがまた厄介なのだから、ままならない。