第3章 知らぬが花
これまで味わってきた数々の艱苦。
思い出すのも憚られるそれらを冷静に顧みればこそ心から屈辱に、そして、何より苦々しく身体に刻む成恢にとって、今の己に与えられているものは決して当然ではないと知っている。
王宮内にさえ専用の研究機関を設けてもらえたという事実は『お前の毒こそが、自国を守る絶対の切り札である』と公に認められたことを意味する。
本来であれば"卑劣"だの、"不気味"だのと忌み嫌われるだろう分野を開花させる道を、他ならぬ国が「拓け」と選んだ。
もし国からの理解がなければ、成恢は単なる狂人として蔑まれて終わっていたかもしれない。
いくつもの耐え難い犠牲を支払い、その代償として得た毒が国家に認められ、大将軍の地位と共に形になったことを――成恢は誇らしく思っていた。
この国が各国で最も弱いからこそ『手段』を選ぶのではなく、確実な合理性を成恢と毒に見出し、選び取った韓王にも感謝していた。
己の身体と引き換えにしてきた選択は正しかったのだと、内に秘めた自尊心がいつまでも仄暗く輝いていた。
武力しか取り柄のない他国の猛者どもを、己の作った毒で滅ぼす――。
野望にも似て抱いた自負は、歪な輪郭で縁取られた優越感の象徴でもあった。
時に王宮内で、時に自宅の館の地下で、成恢は外界から遮断された暗がりに籠もりきり、朝な夕な毒を研究し続けた。
毒素が蔓延するこの場所には、成恢が認めた私兵や、ごく一部の人間以外は立ち入りを厳重に禁止されている。
そうでなくとも、異臭と死の気配が立ち込める彼の研究室には、他の将や側近すらも恐れて近付くことはなかったが――――。
「成恢さまー、シキです。入ってもいいですかー?」
こんこんと扉を叩く音と共に聞き慣れてしまった声が聞こえてきたことで、成恢は一瞬、毒草を鉢ですり潰す手を止めた。
「…………」
しばしの無言。
否と応えてやっても良かったが、それを待つことなく扉は容易く開かれた。