第3章 知らぬが花
毒の煙や異臭が外へ漏れぬよう幾重もの換気路を巡らせている、重厚な石造りの冷たい部屋。
将軍に成り上がり、屋敷を与えられて最初に成恢が行わせたのが、この研究室の設立だった。
当時はまだ山の拠点を主に利用しており、成恢の毒兵器開発もなるべく秘密裏にされていた頃だった為、この部屋の存在を知る者は一切の他言を禁じられていた。
王宮内にある研究所よりも小さく、毒々しい年季が滲み付いた部屋は何かと手狭であったが、長年愛用し続けた場所である。
使い勝手は王宮のそれに比べれば当然悪いが、妙に居心地が良いというか――落ち着いて作業が出来るのは、むしろこちらの研究室の方であった。
研究に没頭するあまり、時には寝泊まりさえもこの部屋で平然と行っていた成恢にとっては、もはや私室と大差ない。
乾燥させた薬草や粉末の匂いが漂う部屋の中に、己の足音が響く。
扉を開け、直線状に進んだ先には作業用の長机が設置されている。
その上には、直属の毒兵器部隊に所属する部下に採取させた、有毒の草が一束添えられていた。
かの遠方の土地で採取されたそれは、特定の期間にのみ群生する薬草だった。
手に入れる以前に発見から困難に思われていた薬草を、こうして手中に収めることが出来たのは僥倖であった。
草を束ねていた紐を解き、葉や根の状態を確認する。
問題ないと判断すると、壁際の棚に並ぶ薬瓶の中からいくつかを手早く見繕った。
次いで、粉末状に砕いた鉱物が入った陶器を卓上に並べていく。
既に何十通りも頭の中に描かれていた新薬の調合法と、それによる薬効の理論。
複雑に組み合わされた一つずつの可能性を、これから"試していく"のではなく、潰していくのだ。
兵器足り得る毒薬の基準値は、極めて高い。
合格域に達するものが出来るのは、ほんの一握りだった。
机上の空論になるものもあれば、思い描いた通りの結果を結ばないまま、組み立てた理論と研究過程をすべて白紙に戻さねばならないことも珍しくない。
せめて初期段階で、ある程度――半分未満ではなく、"以下"程度の効果が見込めなければ……。
本当は軍議など放って、薬草が届けられた朝の段階から取り掛かりたかった。
が、成恢の立場上、そうもいかない。歯痒いものだ。
けれど、己の地位と功績が意味を成しているからこそ、こうして研究に堂々と勤しめる場所を確保出来ているのもまた事実。
