第3章 知らぬが花
大将軍の地位に就く成恢は、王都に与えられた広大な邸宅に住まう。
戦のない平時は、国の治安維持、国境警備の報告確認などの軍政を執り仕切っているが、成恢が最も己の時間と労力を割いている事柄は別にある。
かつては誰もが息を呑む美貌を持ちながら、自らをも実験台として捧げ、毒の研究に心血を注ぎ続けて変貌した男の居場所――――そんなもの決まっている。
彼は、己の研究の場として特殊な環境をいくつか確保していた。
たとえば、王宮敷地内に構えられた研究所がそうだ。
成恢の毒研究は単なる個人の趣味ではなく、弱小国である韓が他国に対抗するために必要不可欠な『軍事力』である。
故に成恢の毒兵器が国に認められ、韓の第一将になった暁に正式に韓の王宮敷地内の一角に毒兵器専門の研究機関が設置された。
毒兵器としてではなく『軍事研究所』という名目であったが、成恢は別段構わなかった。
韓王や国の上層部が価値を見出して公認し、国家の予算と権力を使って惜しげもなく与えてくれたものは、成恢にとって大きな悦びであり、彼の自尊心を深く満たすものであったからだ。
成恢が韓の大将軍である以上、常に王都に留まり、城に呼ばれれば迅速に対応できる必要性を満たす意味でも、ここが最も都合が良い。
成恢が今の地位に就く以前は、王都から遠く離れた山間に構えていた拠点を利用していた。
韓は山がちな地形も多く、人目を盗むには適している。
人里を離れることで、毒の精製過程で発生する有害な煙や悪臭を気にすることなく、研究に打ち込めた。
最も都合が良かったのは、凡そ常人には目も当てられぬ生体実験だろう。
己の研究のために捕えていたのは鼠や兎などの野生動物に留まらなかったことは、極秘事項の一つだった。
将軍となった今となっては、訪れることはめっきり減ったものだ。
こつこつと集めて保存し、持ち込んでいた資材や残骸は全て撤去した。必要なものだけを邸宅の研究室に運び込んだので、余程のことがなければ今後利用することはないだろう。
今回、執務を終えた成恢が何の迷いもなく向かっているのは、そのどちらでもない。
王都内に構えた邸宅――その地下深くに築いた研究室だった。