第3章 知らぬが花
元はといえば、軍に所属するようになってからそれなりに経つのに、シキが全くと言っていいほど自国の国勢に無頓着だったことから始まった話だった。
七国の中においての韓の位置付け。
秦がどれほど脅威であるか。
楚の広大な土地と軍勢。
魏や趙が韓をどのように見ているのか。
そうしたことを奈棍が説明しているうちに、いつの間にか話が大きくなっていた。
なんとなくでしか知らなかった実情を改めて突き付けられても、シキの顔色は何も変わらない。
国の強さも、置かれた立場も、シキにとってはさして気にすることではなかった。
この韓がどれほど他国から見て弱小であっても、いずれは大いなる劣勢に立たされようと、知ったことではない。
この命が尽きるまで成恢の側にいて、彼を守ることさえ出来ればいいのだから。
結果的に国を守ることに繋がっているに過ぎないのならば、それは単なる副産物に過ぎなかった。
「まあ、小難しいことは気にせず食え。ほら、これもだ」
「わーい、ありがとうございます。奈棍の旦那さま」
詫びの代わりとばかりに、自身の手元にあった評判の串焼き肉をシキの手元へと差し出す奈棍。
シキは、素直に礼を言って串を受け取った。
肉を食えるのは階級を持つ者の特権であり、象徴だ。
軍の上層部も、この店の肉の質は保証していると評判らしい。
シキは階級を持たない兵士であったが、だからこそ奈棍がわざわざ連れてきてくれたのだろう。
直接の武功こそ他の練兵に譲りはしたが、先の戦においてのシキの働きは成恢の望む形を成した。
成恢の毒兵器運用を成立させるための特殊な戦力としてシキが機能したことは、ひいては作戦が成功する一端を担ったということだ。
その労りも兼ねて、彼女の世話役である奈棍がこの店を選んだのも頷ける程、きっと本当に美味いのだろう。
串焼きにされた肉を一口頬張ってみた。
口内に、じわりと肉汁が滲みる。炙られた表面から、香ばしい匂いが広がり、僅かに鼻へ抜ける。
馨しい旨味や塩気の匂いこそ、うっすらと感じた気がしたが、味の方は全くわからなかった。
彼女は、生まれつきの味覚不全だった。