第1章 出会い
さあさあ、行きますよ――と背後に回られて背中を押されてしまっては、後は問答無用の言葉の通りだった。
「あの、その前に……ここは一体どこなんです?」
「おや?君、まだ意識がはっきりしてないんですか?空間転移魔法の影響で記憶が混乱してるんですかねぇ……」
まだ意識がはっきりしてないんですか?の後に、そうですね、と頷きかけたのも束の間に『くうかんてんいまほう』とかいう聞いたことのない単語を発せられてしまい、固まってしまう。
え、なぁに?もう一回言って?
「まあいいでしょう。よくあることです」
「よくあっちゃうんです?」
「はい、よくあることです。では歩きながら説明してさしあげます。私、優しいので」
「あらー、それはご親切にどうもありがとうございます。嬉しいわー」
思わず零れ落ちた私の疑問に対し、さらりとこともなげにイエスを返した仮面の男性。
時間がないとのことなので、再び私の背中を押して歩き出した彼が説明をしてくれるというので、有り難い申し出に笑みが零れる。
わざとらしげな猫撫で声で自身を称賛した男性の、その「私、優しいので」に全くその通りだと頷いた私は、男性に背中を文字通り押されるままに本だらけの部屋を出た。
どこか仄かに甘い香りが漂う、緑の多いここは学園の中庭。
木々をざわつかせる冷えた夜風の音と、狸ちゃんのくぐもった呻き声が帳を下ろした夜の静けさの中に混ざり合っていた。
月明かりにうっすら照らされ、淡い青白さを帯びた石畳の上を仮面の男性と共に辿っていく。
足取りが自ずとゆっくりとしたものになるのは、中庭の光景に意識を奪われていたからだ。
西洋のお城然とした学園の尖塔が夜空を突き刺すように聳え立つ背景はもちろん、整えられた芝生や石造りの回廊が織り成す景色から感じられる、独特の古めかしさ。
糸杉の並ぶ中央部分には、石造りの井戸がひっそりと佇んでいた。
暗くてパッと見ではわかり難いけれど、井戸には苔が薄く張り付いており、石柱で支えられた井戸の屋根の煉瓦にも年季が感じられる。
西洋の世界観とはいえ、夜の井戸ってホラー映画を連想させるわねー。
庭の片隅には立派な林檎の木が植えられており、夜闇を宿した緑の葉の間に熟した赤い実がいくつも生っていた。
月影を浴びた林檎の深みのある艶めきが、暗い夜の庭園の中に鮮やかな色彩を齎している。
