第4章 見てはいけないもの
二人の横をさらーっと通り過ぎれば、それでいい。
何も見ていないふりをして、そのまま会社に戻ろう。
そう思ったのに。
「おや?」
「さんじゃないですか。偶然ですね。お仕事ですか?」
は?クズのくせになに平然としゃべりかけてきてるの?浮気男は現場を見られても平気なの?
ゆっくり顔を上げる。
透さんは笑っている。
いつもの、爽やかな笑顔…かな?
あれ?何かが違う。
笑っているのに、どこか冷たい。
優しい声なのに、妙に緊張する。
え?ご本人だよね?
「さん」って呼ばれた?
その瞬間、悟った。
――今、恋人として接するな。
そんな無言の指示を出されているような気がした。
「……あれ?安室さん。梓さんも、偶然ですね!」
笑え。自然に。知り合いに、ばったり会っただけ。
「私は仕事で外出した帰りなんです。お二人は……ポアロの買い出しですか?」
「いえ」
安室は変わらない笑顔で答えた。
「これから、ある人のライブのリハーサルを見学に行くんです。梓さんもファンだというので二人で行くことになりまして。」
「そうなんですね!お二人とも、楽しんできてください。」
何とか自然にかえせた。
我ながらすごい演技力!
いちゃついてるとこ見せつけられながらなのにえらいよ自分!
「さん、ありがとうございます♡」
梓がにこっと笑った。
そして、安室の腕をさらに引き寄せる。
「遅れちゃいますので、そろそろ行きましょう、安室さん♡」
「ええ。では、さん。また」
「はい」
二人が去っていった。
――何だったんだろう。
梓さん、まるで私と零くんが付き合ってることも知らないような態度だった。
あきらかに変だった。
透さんの様子も……
浮気現場を見られて慌てているようには見えなかった。
よっぽどの図太い神経というわけじゃないなら。
むしろあの笑顔は、
「……早く、ここを離れてくれ」
そう言っているように見えた。
それ以上考えるのが怖くなって、考えるのをやめた。