第9章 『予兆く』
数分後、
遠くからフルートの音が聞こえた。
「…………」
湯川が顔を上げる。
時刻は午後三時八分。
いつもより遅い。
しかし音は、
火曜日よりも明らかに安定している。
「…………」
そのまま数小節聴く。
息の流れ、音の立ち上がり、フレーズの終わり。
少なくとも、火曜日のような状態ではない。
「…………」
湯川は論文へ視線を戻した。
先ほどまで、
同じ箇所を何度も追っていた文字が、
今度は滞りなく頭に入る。
「…………」
数行読み進めてペンが止まった。
何故、今は読めるのか。
「…………」
窓の外からフルートが聞こえる。
ただ、それだけだ。
少なくとも、
条件として変化したものはそれしかない。
「…………」
実に不可解だった。