第9章 『予兆く』
木曜日。
午後二時四十五分。
第十三研究室、
湯川は開いた窓のそばで、
論文に目を通していた。
「…………」
時計を見る。
午後二時四十六分。
まだ音は聞こえない。
「…………」
論文へ視線を戻す。
数行読み進める。
午後二時五十二分。
「…………」
もう一度時計を見る。
今日は来ない。
無理なら来なくていい。
そう言った。
火曜日の状態を考えれば、
今日も休む可能性はある。
むしろ、
完全に回復していないのであれば、
休む方が合理的だ。
「…………」
問題はない。
論文へ戻って数行読む。
「…………」
同じ箇所へもう一度視線が戻った。
午後三時、
湯川はペンを置いた。
窓の外を見る。
誰もいない、音もない。
「…………」
体調が戻っていない。
あるいは、
単に予定が変わった。
部活の用事、ゼミ、友人との用事、
他にも可能性はいくらでもある。
そのどれかをここで考えたところで、
答えは出ない。
「…………」
それなのに、
思考だけがその先へ進もうとする。
湯川は机の上に置かれた携帯電話へ、
ふと目を向けた。
「…………」
当然そこに、
彼女からの連絡が入ることはない。
連絡先を知らないからだ。
「…………」
これまで、
必要になったことはなかった。
会うのは大学、話すのも大学。
彼女が来れば音がする。
来なければ、しない。
それだけのことだった。
「…………」
湯川は携帯電話から目を離した。
必要がない、そう結論づける。
そのはずだった。