第9章 『予兆く』
「締切は?」
「今日です」
「終わったのか?」
「朝方に」
「なら今日は休め」
「でも、部活もあるし」
「体調が悪い状態で練習を続けて、得るものがあるのか?」
「ありますよ。多分」
「多分?」
「……気合いとか」
「非科学的だな」
「出た」
先生は立ち上がると、
今まで自分が座っていたベンチへ視線を向けた。
「少し休んだらどうだ?」
「え?」
「その状態で立っている必要もないだろう」
「…………」
「先生、それ提案ですか?」
「ああ」
「断れるやつ?」
「もちろん」
「……じゃあ、お言葉に甘えます」
私は素直にベンチへ腰を下ろした。
先生はそのまま、
自動販売機の方へ歩いていく。
「どこに行くんですか?」
「飲み物を買う」
「私の?」
先生が振り返る。
「他に誰がいる?」
「…………」
「何だ?」
「いや」
少しだけ笑う。
「先生、優しいですね」
「水分補給は必要だろう」
「そういうことにしておきます」
「事実を言っただけだ」
先生はそれ以上取り合わず、
自動販売機の方へ歩いていった。
その背中を見ながら、私は小さく笑った。
「…………」
やっぱり、優しいじゃん。
数分して、
「ほら」
「ありがとうございます」
渡されたのは、水だった。
「コーヒーじゃないんですね」
「何か問題が?」
「いえ。先生ならコーヒーかなって」
「君が飲むんだろう」
「…………」
「何だ?」
「何でもありません」
私はペットボトルの蓋を開けた。
先生が隣に座る。
少し距離がある。
近すぎず、遠すぎず。
なんとなく、
その距離が先生らしいと思った。