第9章 『予兆く』
火曜日。
午後二時四十八分。
「こんにちは」
「…………」
「……先生?」
いつもの場所、いつものベンチ、
いつもの本。
その向こうにいる先生も、
いつもと変わらない。
はずなのに、
今日は返事がない。
「湯川先生」
「聞こえている」
「じゃあ返事してくださいよ」
「君の歩き方がいつもと違ったから見ていた」
「……はい?」
思わず足を止める。
「何ですか、それ」
「右足を庇っている」
「…………」
反射的に自分の足を見る。
「別に、そんなこと──」
「それから」
先生が本を閉じる。
「今日は歩幅が普段より狭い」
「…………」
「顔色もよくない」
「先生」
「何だ?」
「私、まだ一音も吹いてませんけど」
「ああ」
「なのに、もう分析始まってます?」
「分析というほどのものじゃない」
「じゃあ何ですか」
「観察だ」
「似たようなもんじゃないですか」
笑おうとした。
けれど、
思ったよりうまく笑えなかった。
「…………」
先生の目が少しだけ細くなる。
「今日は練習を控えた方がいい」
「え?」
「今の君の状態では、効率が悪い」
「いや、大丈夫ですよ」
「そうは見えない」
「見た目だけで決めないでください」
「見た目だけで判断しているわけじゃない」
即答された。
「いつもなら、僕を見つけた時点でもう少し余計なことを言う」
「余計なことって」
「今日は反応も遅い」
「…………」
何だそれ。
先生って、そんなところまで見てるのか。
「寝不足です」
「今日の睡眠時間は?」
「……四時間くらい」
「少ないな」
「昨日、ゼミの資料やってて」
「例の企業分析か」
「そうです」
そこまで覚えてるんだ。