第1章 『音会う』
今日の演奏だけじゃない。
最近ずっとそうだった。
何度吹いても満足できない。
上手くなりたい、もっと綺麗に吹きたい。
そう思っているはずなのに、何か違う。
三回生になって、周囲が将来を考え始めて、自分だけが、二回生から始めたオーケストラに夢中になっている。
高校まで続けて、一度捨てて、それでも諦められなくて戻ってきた。
──私は一体、何をしているんだろう。
「……好きなんです」
ぽつりと言った。
「フルートが」
彼は何も言わなかった。
「一回、やめたんです。大学に入るときに。もう吹かないつもりでした。でも結局、戻ってきちゃって」
「それの何が問題なんだ?」
あまりにも即座に返されて、私は顔を上げた。
「え?」
「一度中断した後、再開した。それだけのことだろう」
「……それだけって」
「他に何かあるのか?」
「いや……三回生だし、そろそろ就職とか将来とか考えないといけないのに、私はこんなところでフルート吹いてていいのかな、とか」
「フルートを吹くことと、将来について考えることは両立しないのか?」
言葉に詰まった。
「……しますけど」
「なら問題ない」
「…………」
あまりにも単純に言い切られてしまった。
私が何ヶ月もぼんやり悩んでいたことを、この人は数秒で切り捨てた。
慰められたわけじゃない。
励まされたわけでもない。
大丈夫だと言われたわけでもない。
ただ──、
その二つは両立する。
事実として、そう言われただけだった。
「それに」
男は続ける。
「少なくとも、君は吹かないという選択には失敗している」
「……失敗?」
「一度やめたにもかかわらず再開したんだろう?」
「はい」
「なら、現時点でフルートを手放すという仮説は一度棄却されている」
「仮説って……」
思わず笑ってしまった。
この人、本当に何でもそういうふうに考えるんだ。
「何がおかしい?」
「いえ。理系の人って、みんなそんな考え方するのかなって」
「まさか──」
男は真顔だった。
「僕だけだ」
思わず、また笑った。
今度はさっきよりも大きく。
すると彼は、なぜ笑われたのか分からないという顔をしていた。
──変な人だ、本当に。