第1章 『音会う』
──数日後。
物理学科の第十三研究室で湯川は机に向かっていた。
開かれたノート、積み上げられた論文、ディスプレイに表示された数式。
いつもと何も変わらない研究室。
やがて、開いた窓の向こうから微かに音が届いた。
フルートだった。
湯川の手が止まる。
時計の針は午後三時十二分を指していた。
今日は火曜日。
「…………」
数秒、耳を澄ませる。
先日と同じ曲だ。
しかし──、
「テンポが戻ったな」
誰に聞かせるでもなく呟いて、再びペンを動かす。
名前を知ったのは、つい数日前。
けれど、その音ならもっと前から知っていた。
今日もまた、春の帝都大学に彼女の音が響いていた。