第1章 『音会う』
──白衣。
最初に目に入ったのは、それだった。
この大学で白衣を着て歩いている人間なんて、そう珍しくはない。
ましてやここは理工学部の校舎の近くだ。
──けれど、
そこに立っていた男は、学生には見えなかった。
背が高く、すらりとしている。
片手には書類らしきものを持ち、こちらを見ていた。
「あ……すみません、うるさかったですか?」
「いや」
男は即答した。
「そういう意味じゃない」
「……?」
「今の演奏だ」
視線が私自身ではなく、手の中にあるフルートへ向けられる。
「音程にもリズムにも、明確なミスはなかった。それ以前と比較しても、最後の演奏が最も安定していた」
「……以前?」
「今日は同じところを十七回も吹き直していたな」
私は数秒、黙った。
「……数えてたんですか?」
「当然だ」
──何が当然なんだろう。
思わずそう言いかけて、やめた。
男は何でもないことのように続ける。
「正確には、完全に同一の箇所から開始したのが十七回だ。その前後を含めれば試行回数はもう少し増える」
「…………」
……怖い。
率直に言えば、ちょっと怖い。
私が若干フルートを抱き寄せると、男が怪訝そうに眉を動かした。
「……何か?」
「いえ……」
数えていたことをそんな堂々と言われるとは思わなかった。
「よくここで吹いているだろう」
「え?」
「火曜日と木曜日。時間は多少前後するが、午後二時から四時の間が多い」
「……待ってください」
今度こそ私は遮った。