第12章 『離隔る』
「研究?」
「…………」
そうだと言えばいい。
研究が忙しかった。
それだけで、この話は終わる。
「……違う」
「え?」
「研究ではない」
「じゃあ……」
「僕自身の問題だ」
「先生の?」
「ああ」
「…………」
星宮は少し黙った。
「私には、言えない?」
「…………」
湯川は彼女を見る。
否定は、できなかった。
「…………」
彼女は少し待っていたけれど、
やがて、
「……分かりました」
それ以上は、聞かなかった。
「…………」
「前にも言いましたもんね。
話したくなったら聞くって」
「…………」
「だから」
少しだけ、
彼女の表情が緩む。
「待ってます」
「…………」
待つ。
その言葉が妙に残った。
「先生」
「何だ?」
「一個だけ聞いていいですか?」
「ああ」
「嫌われたわけじゃない?」
「違う」
今度も、
考える必要はなかった。
「…………」
彼女が、
小さく息を吐いた。
「よかった」
「…………」
その表情を見て、
湯川は何も言わなかった。
「じゃあ、練習戻ります」
「ああ」
「先生も、ちゃんとコーヒー買ってきてくださいね」
「そうする」
「また」
「…………」
以前なら、
何も考えずに返していた言葉だ。
「……ああ」
星宮はフルートを構え直した。
湯川は、その場を離れた。
数歩後、
背後からフルートの音が聞こえた。
「…………」
その音に足を止める。
さっきより、
音が安定していた。
「…………」
自分と話す前と、話したあと。
変わった条件は、多くない。
湯川はしばらく、その音を聞いていた。
距離を置くことが、
彼女に何の影響も与えない。
少なくとも、
その前提は正しくなかった。