第12章 『離隔る』
「湯川先生」
「何ですか?」
栗林が、窓へ視線を向ける。
「最近、窓を閉めてますね」
「それが?」
「いえ。以前はよく開けていたので」
「空調を使っていますから」
「そうですか」
栗林はそれ以上何も言わなかった。
「…………」
湯川は論文へ視線を戻す。
数分して、
「…………」
微かにフルートの音が聞こえた。
窓を閉めていても、
完全に遮断できるわけではない。
「…………」
湯川の視線が、文字の上で止まる。
彼女の音だ。
それだけは、
窓を閉めていても分かる。
「…………」
今日は少し不安定な演奏だ。
テンポ、呼吸、フレージング。
ただ、
ここから聞こえる音だけで判断するには、
情報が足りない。
「…………」
湯川は立ち上がった。
「先生?」
「コーヒーを買ってきます」
「そこにありますけど」
「…………」
机を見る。
カップには、
まだ半分以上残っている。
「新しいものが飲みたいんです」
「……そうですか」
栗林は何も言わなかった。