第11章 『意識る』
「…………」
湯川は、その背中を見る。
このまま行けば、
次に会うのは木曜日。
いつもなら、
それで何の問題もない。
「…………」
それなのに。
「星宮君」
声が出た。
私はその声に振り返った。
「はい?」
「…………」
呼び止めた。
しかしその先を、
何も考えていなかった。
「何ですか?」
「…………」
先生は僅かに視線を逸らした。
「昨日の演奏」
「演奏会?」
「ああ」
「何ですか?」
「…………」
もう一度、先生が私を見る。
「よかった」
「…………」
思わず、目を丸くした。
「それ、昨日も聞きましたよ」
「分かっている」
「じゃあ、なんで?」
「…………」
先生はすぐには答えなかった。
何かを考えるように、僅かに視線を落とす。
いつもの先生なら、
こういう時はもっと早い。
聞いたことに対して、
必要なだけの言葉が返ってくる。
それなのに、今日は、
その答えを選んでいるように見えた。
「…………」
やがて先生が、
もう一度私を見る。
「言いたかっただけだ」
「…………」
今度は、私が黙った。
「先生」
「何だ?」
「今日、やっぱり変」
「…………」
「そうかもしれない」
「…………」
先生が、認めた。
それだけなのに、
なぜか胸が跳ねた。
「……ありがとうございます」
「ああ」
「じゃあ、今度こそ行きますね」
そう言ってから、
なんとなくもう一度先生を見る。
いつもと同じ顔、
いつもと同じ声。
なのに、
さっきの言葉だけが妙に、胸に残っている。
「…………」
少しだけ口元が緩んだ。
「また木曜日」
「ああ」
今度こそ、
私は先生に背を向けた。
歩き出す。
もう、
呼び止める声はしなかった。