第11章 『意識る』
「先生」
「何だ?」
「さっきから五回見てます」
「…………」
先生の動きが止まった。
私は少し笑った。
「仕返しです」
「何がだ?」
「いつも先生が数えるから」
「…………」
「私も数えてみました」
「暇だな」
「演奏してるんですけど」
「なら演奏に集中しろ」
「先生も本に集中してください」
「読んでいる」
「ページ、全然進んでないですよ」
「…………」
私はフルートを下ろした。
「先生」
「何だ?」
「今日、本当に変ですよ」
「そうか?」
「はい」
先生を見る。
「体調悪いですか?」
「違う」
「寝不足?」
「違う」
「研究うまくいってない?」
「違う」
「じゃあ何」
「…………」
先生は少しだけ黙った。
「言えない」
「え」
予想していなかった答えだった。
「先生が?」
「僕が何だ?」
「言えないこととかあるんですね」
「ある」
「……へえ」
少し意外だった。
「じゃあ、聞かないです」
「……いいのか?」
「だって、言えないんでしょ?」
「ああ」
「ならいいです」
私はもう一度、フルートを構えた。
「話したくなったら聞きますよ」
「…………」
「友達なんで」
「…………」
湯川の手が止まった。
──友達。
以前、
自分から提示した言葉だった。
あの時は、
それで何の問題もなかった。
「先生?」
「何だ?」
「忘れてたんですか?」
「いや」
「ならいいです」
私は再びフルートを構える。
間もなく音が鳴った。
「…………」
湯川は本へ視線を戻した。
友達。
もう一度、
頭の中でその言葉だけが残った。