第1章 『ひとりぼっちの人魚姫』 プロローグ
涙も乾かぬまま家へと辿り着いた彼女を待ち受けていたのは、さらなる地獄だった。
息子の死に狂乱した彼の家族と村人たちが、人魚へ復讐を果たすため先回りして家を襲っていたのだ。
家の扉を開けた少女の視界に跳び込んできたのは、赤黒い血に染まった床と、数人の男たちに囲まれて倒れ伏す母の姿だった。
「お母、さん……?」
あまりにものショックな光景に一瞬立ち尽くしたものの、彼女は弾かれたように母の元へ駆け寄り血に濡れたその体を抱き起こした。
「お母さん! お母さん……っ!!」
弱々しく目を開けた母は荒い息の下で、残された最後の力を振り絞って少女の手を握り返した。
その瞳には恨みも悔いもなく、ただ一人残される愛しい我が子への深い情愛だけが宿っていた。
「。逃げ……なさい……遠く……へ……」
それが、母の遺した最期の言葉となった。
少女の腕の中で、握り返されていた手の力がふっと抜けると母は永遠の眠りについた。
「嫌っ!……嫌だよお母さん!! 目を開けて……お願いだからぁっ!!」
最愛の母を失い、悲しみに暮れて泣きじゃくる少女。
だが、人間たちの残酷な狂気は止まらない。
呆然と座り込む彼女を「呪われた人魚の娘」だと叫び、恐れに震えながらも群がり寄ってきた。
「今のうちだ! こいつのせいで息子は死んだんだ!」
「このバケモノを生かしておくな!!」
悲痛な叫びを上げる少女を見下ろし、一人の男が殺意を込めて斧を高く振り上げたその時——。
「うあああああああああああっ!!!!」
少女の胸を破らんばかりの深い悲しみと絶望に呼応するように、世界が呼応した。
風は吹き荒れ凄まじい暴風が少女を中心に渦を巻くと、大気を切り裂く風の刃は斧を振り上げた男たちを容赦なく叩きつけ外へと吹き飛ばした。