第1章 『ひとりぼっちの人魚姫』 プロローグ
母の手ひとつで、少女はたくさんの愛情を注がれながら成長していった。
ある日、深い森の木漏れ日の中で、彼女は一人の男の子と巡り会う。
「島の人と関わってはいけない。もし誰かに会ってしまったとしても、足の鱗だけは絶対に隠しなさい。この島には、恐ろしい『人魚伝説』があるのだから……」
幼い頃から母にそう繰り返し言い聞かされて育った少女は、家族以外の人間——目の前に立つ同年代の少年に対し、小さな胸を跳ねさせて驚き戸惑った。
だが、母の教えを守り、包帯に巻かれて隠された鱗を気にしながらも彼と向き合った。
一方、少年はひと目で彼女に心を奪われていた。
森の緑に映える浮世離れした美しさと、どこか儚げな雰囲気を纏う彼女に恋をした少年は毎日のように森へ通い、ふたりだけの秘密の時間を重ねるようになった。
少女にとっても、それは生まれて初めて知る「外の世界」だった。
母以外の誰かと笑い合い話す時間は、閉じ込められていた彼女の日常を鮮やかに彩っていった。
陽射しが容赦なく照りつける暑い日のこと。
「ねえ、海に行こうよ! こんなに暑いんだ、一緒に海水浴をしよう!」
興奮気味にそう提案する彼に、少女はかぶりを振った。
「ダメ……海には、入っちゃいけないの」
「どうして? すごく気持ちいいのに!」
母からの「海は危ないから、決して入ってはいない」固い言い付けを守ろうと少女は頑なに拒んだが、島育ちで海と共に生きてきた彼にとって、海の青さは恐怖ではなく喜びそのものだった。
海の美しさや波と戯れる楽しさを、大好きな彼女にも教えてあげたい。
「大丈夫だから! ほら、おいでよ!」
無邪気な笑顔を浮かべた彼が、彼女の華奢な手を引く。
引き止めようとする言葉も虚しく、波打ち際へと足を踏み入れてしまったその瞬間、冷たい海水がふたりの足を優しく包み込んだ。