第2章 『泡沫の君に永遠の青を』 五条悟
甘いものを探してあてもなく森を進んでいた五条は、鼻腔をくすぐる香ばしくも甘い匂いと残穢に足をとめた。
「ん……? なんだこの匂い、めちゃくちゃ甘くて美味そうじゃん」
誘われるように坂道を登りつめると、そこは視界が一気にひらける高台だった。
眼下にはどこまでも青い海が広がり、心地よい潮風が吹き抜けている。
しかし、その高台にあったのは、甘味処などではなかった。
「……墓?」
そこには、質素な墓標がふたつ静かに並んでいた。
ひとつは長年の風雨に晒され、表面が角削れて古い歴史を感じさせるもの。
そしてもうひとつは、比較的最近——それこそここ数ヶ月のうちに、人の手によって掘られ、真新しい土が盛られたばかりのものだった。
五条は無意識にサングラスを少し下げ、その墓をじっと見つめる。
墓前には焼きたての甘い匂いを放つアップルパイがポツンとお供えされている。
先程の少女の残穢も残されていた。
「へぇ……美味そうじゃん」
一瞬、素直な感想が口をついて出た。
甘党の五条にとってその香りは十分魅力的に映ったが、故人に手向けられたその小さなパイにさすがの彼も手を伸ばす気にはならなかった。
ただ静かにそのふたつの墓とアップルパイを見つめたあと、五条はポケットに手を突っ込むと背を向けてその場をあとにした。
「……アップルパイ、食いてーな」
ぽつりと呟いた彼の声は、吹き抜ける潮風にかき消されていった。