第3章 夕食
執務室に夕日が差し込む。スヴェトザールは万年筆を机に置いた。
「旦那様、お召し替えのお時間です」
スヴェトザールが執務に一段落着けたのを見計らい、従者がそう声をかける。
頷いて答え、スヴェトザールは従者と共に自室に戻った。
執務用のジャケットを脱ぎ、姿見でシャツやクラバットを整える。従者が用意したディナージャケットに袖を通し、靴を履き替え、最後に軽く髪を梳かした。
「もう来ているだろうか」
「ええ。半刻前に庭から戻られたのをお見掛けしましたので、きっと早めにいらしているはずです」
自室から出てダイニングルームへ向かう。
段々と日が落ちる時間が遅くなってきた。窓越しに春から夏への移り変わりを感じながらスヴェトザールはダイニングルームに入る。
上座のすぐ近く、スヴェトザールに気付いて振り向いた金色の瞳と視線が合った。
「お父様、お仕事お疲れ様です」
控えめに笑みを浮かべながら息子が挨拶をする。
「ああ。トレーネス」
上座に向かい、卓に着いた。息子からは微かにシロツメクサの葉の青い匂いが漂っている。
「昼間はどんな本を読んでいたんだ?」
「寓話集を読んでいました。……先週お父様がくださったものです」
「そうか」
最近は少しずつ舌足らずな発音が取れてきて、感心しつつも寂しさを感じる。
文字の読み書きも自ら進んで勉強しているようだ。家庭教師からも順調に覚えていっていると報告があった。
知識に貪欲なのはいいことだ。
食事が終わり、スヴェトザールはいつものようにトレーネスを連れて書斎に入る。
使用人が直前に運び入れたワゴンテーブルには茶用の道具が揃えられていた。
乳母がトレーネスを書斎の椅子に座らせてから、ワゴンテーブルの前に立って茶の準備を進めていく。
スヴェトザールはトレーネスの隣の椅子に座り、室内の本棚に並ぶ無数の本を指さした。
「まだ難しい内容が多いだろうが、ここの本も好きに読んで構わない。ただ重いものや高い位置のものがあるから必ず付き人と出入りするように」
「……!ありがとうございます、お父様」
嬉しそうだ、とスヴェトザールはトレーネスの様子を見ながら頷く。
サモワールから立ち上る湯気の向こうで、乳母も心なしか誇らしげな表情をしているように見えた。