【H×H ミルキ】夏の大作戦 〜軽井沢に行きませんか?〜
第5章 二人きりの散歩道
黒を基調にした、やたら洒落た装丁。
夜の街を思わせるぼんやりとした光に、横顔だけ見える男女のシルエット。ぱっと見なら洋書か、ちょっと気取った恋愛小説にしか見えない。
問題は、その表紙のど真ん中に金の箔押しで、
――A Night to Surrender――
そして、そのすぐ下にしっかり日本語で、
――すべてを委ねる夜――
と書いてあることだった。
(無理無理無理)
よりによって、なぜそれを持ってきた。
しかも帯には確か、もっと言い逃れのできない煽り文句までついていた気がする。
ロマンス小説(Romance novel)を愛好していることは、別に穂乃果や夏希にも隠していない。だからといって、旅行中に読むつもりだったわけでもない。ただ、なんとなく常備薬みたいな感覚でバッグに放り込んできただけだった。
(習慣って恐ろしい……)
コーヒー片手に、クロロが眩しそうに遠くを見つめる。
「こういう場所で本を読むのは案外悪くないな」
「そ、そうですね」
「静かだな」
「はい」
「じゃ、そろそろお互い楽しもう」
「は、はい」
本が好きです、なんてちょっと知的ぶってついてきた直後に、"あれ"をクロロの隣で開く勇気はない。
でも、まだ分からない。
クロロだって、持ってきたのは少年ジャンプかもしれない。
「だ、団長は何を読んでるんですか?」
「俺か」
クロロが旅行バッグから分厚い本を取り出す。
「俺は今、『古代建築における宗教儀礼と王権の形成』を読んでる」
(団長! そんな、ここにきて!)
それは反則だろう。親しみやすいDQNキャラは何処へいったのか。
なんでよりによって、ここでそんな硬そうな本が出てくるのか、莉子はクロロがますますわからなくなる。
「莉子は?」
「えっ」
「何を持ってきた?」
「えーっと……そ、そういえば私、行きの新幹線で読んじゃって」
「そうか」
クロロが何でもないことのように言う。
「俺ももう読み終わる。読み終わったら交換するか?」
「えっ!?」
思わず声が裏返った。
「……嫌か?」
「い、いや! そうじゃなくて!」
莉子はバッグをぎゅっと抱え込む。
「私のは……その、つまらないので」
「?」
クロロが不思議そうに首を傾げる。
(絶対見せられない……!)