【ヒロアカ】Until You Live【爆豪勝己】
第2章 【一巡目】
数日後の深夜。爆豪は共有キッチンで、一人静かにコーヒーを淹れていた。
その手つきはどこかゆっくりで、まるで何かを待っているかのようだった。
(そろそろか……)
「あれ、爆豪くん」
ひょっこりとキッチンに顔を覗かせたのは、案の定、透だった。
「眠れないの?」
来た。分かっていた。前回も、この時間に現れた。深夜の共有キッチン、二人きり。ここが最初の分岐点だったかもしれない。
「別に。たまたまだ」
嘘だった。この数日、爆豪は前回の記憶を頼りに、自分の行動パターンを徹底して再現していた。透との接点が消えてしまえば、あの事故を防ぐどころか、彼女の存在ごと自分の認識から切り離されてしまう。それだけは、絶対に避けなければならなかった。
爆豪は棚からマグカップを二つ取り出して、片方にコーヒーを注ぐ。もう片方にはまだ手をつけず、冷蔵庫から牛乳を取り出した。以前、彼女が『苦いものが嫌いだ』と言っていたのを覚えていたからだ。
「ありがとう! 牛乳、紅茶の次に好きなんだよね」
透は嬉しそうに目を輝かせ、差し出されたマグカップを受け取った。
『二番目に好きな飲み物』――それは、今回で初めて知った情報だった。思わず綻びそうになる口角を、爆豪はフンと引き締める。
深夜の共有キッチンには、二人分の静かな呼吸音と、マグカップがカウンターに触れる小さな音だけが響いていた。窓の外は深い闇に包まれ、寮の他の部屋はことごとく静まり返っている。
透は牛乳の温かさに目を細めて、ふぅと優しく息を吹きかけた。
「爆豪くんってさ、意外と優しいよね。口は悪いけど」
コーヒーを啜ろうとした爆豪の手が、ピタリと止まった。
「……は? どこがだ。気色悪ぃこと言ってんじゃねえ」
言葉こそいつも通り荒かったが、その耳の先はほんの僅かに赤く染まっていた。
「んーー、なんとなく。まだ数日しか一緒にいないけどね」
透が少しうつむくと、伏せたまつ毛に微かな湯気がかかる。
その隙間から覗く白い肌に思わず目を吸い寄せられ、爆豪は慌てて手元のコーヒーへと視線を落とした。
「勘違いだろ」
ぽつりと沈黙が落ちた。しかしそれは居心地の悪いものではなく、夜の静けさに溶けるような穏やかな間だった。