第48章 【第四十三話】崩れゆくホーム
婦長が、ゆっくりと二人を見下ろした。
燭台の火がその顔を下から照らし、目元へ深い影を落としていた。
その背後に、角を生やした何かが立ち上がった気がした。
気付けば、背筋が伸びていた。
隣のリナリーも、同じ姿勢になっている。
「「……すみませんッ」」
リナリーは、差し出された靴へそっと足を入れる。
「ホント、ここは大変」
婦長が、息を吐くように言った。
「生意気なケガ人やら、仕事中毒やら。ナースの言うことなんて、誰も聞きゃしないんだから……」
ぼやく声は、もう元の柔らかさへ戻っていた。
その「誰も」の中には、あいつもいるのだと分かった。
「きつくない? サイズは大丈夫だと思うけれど……」
「……あったかい……婦長の靴」
掠れた声が、ぽつりと落ちた。
婦長は、少しだけ目を細める。
「履き忘れたんじゃないの」
リナリーは、自分の爪先へ目を落とした。
「すぐヘブラスカの所へ行って、イノセンスとシンクロするつもりだったから」
一拍置いて、リナリーは続けた。
「……ワザと、何も履かなかったの」
ラビは、その小さな爪先から目を逸らせなかった。
婦長は、少し目を見開いた。
リナリーは、爪先を見つめたまま呟く。
「足、あったかい……。あったかいね……」
その瞳から、涙がこぼれ落ちた。
婦長は何も言わず、その背中へそっと手を回す。
「ここにいましょう、リナリー」
穏やかな声だった。
「きっと大丈夫よ。こんなひどい朝は、すぐに終わるわ」
リナリーの肩が、小さく震えた。
「イノセンスを体内に入れるだなんて、やめて」
婦長の手が、髪を撫でた。
「室長の気持ちも、分かっているでしょう……?」