第47章 【第四十二話】『私』として、ここに
「……あんたが勝手に持たせたんだろ」
「でも、それを持ってここまで来たのは君じゃないか」
神田は答えなかった。
マリの口元が緩んでいる。
神田は居心地が悪そうに顔を背けかけた。
途中で、その目が止まる。
喉元を覆う包帯。
隙間から覗く、銀色の亀裂。
毛布に隠された脇腹の傷。
そして、花束を抱える私の腕。
蒼い瞳が細められた。
「……人に言ったこと、自分で忘れてんじゃねぇ」
心臓が跳ねる。
かつて、死の側へ引かれかけた神田の背へ、必死に投げた言葉が蘇った。
――勝手に、終わろうとしないで。
今度は、その言葉を私が返されていた。
止めるためだったとはいえ、私は自分の身体へ刃を突き立てた。
神田へ「勝手に終わるな」と言った自分が、今度は誰にも頼らず、自分を傷つけて止めようとした。
何も返せないまま、花束へ目を落とす。
淡い花弁が揺れていた。
枕元のメモ帳を手に取り、ペンを動かす。
『忘れていないわ』
神田の目が、その文字へ落ちた。
「だったら、自分だけ例外にすんな」
叱るような響きの奥に、ただの苛立ちではないものがあった。
その言葉が痛かった。
神田を見つめたまま、メモ帳を置いて頷いた。
彼はそれを見届けると、顔を背けた。
「……寝てろ」
それだけ言って、踵を返す。
「もう行くのかい、ユーくん?」
「見舞いはしました」
「もう少し優しい言葉を掛けてあげてもいいんじゃないか」
「……もういいだろ」
神田は振り返らないまま、病室を出て行った。
ティエドール元帥とマリも、私の様子を確かめると、長居はせずに病室を後にした。
扉が閉じ、三人分の足音が遠ざかっていく。
膝の上には、淡い青と白の花束が残されていた。
――自分だけ例外にすんな。
返された言葉が、静かな重みを伴って残った。
私は花束を抱き直した。
その言葉を忘れないように、ゆっくりと目を閉じた。