第47章 【第四十二話】『私』として、ここに
涙が一粒、頬を伝う。
ラビは繋いだ手に力を込め、真っ直ぐに私を見た。
「オレが、オレでいられんのは……お前がいるからなんだよ」
震える手で、何よりも伝えたかった言葉を書く。
『生きて、帰ってきてくれてありがとう』
ラビが、苦しそうに笑った。
そのまま手を伸ばし、頬にかかった銀色の髪を耳へ掛けてくれる。
壊れ物を扱うような、優しい指先だった。
ラビが身を屈める。
額へ、柔らかな口づけが落ちた。
ほんの一瞬の、温かな感触。
驚いて目を見開く。
ラビは気まずそうに顔を逸らした。
「……それくらいは許せよ」
熱くなった頬のまま、頷いた。
喉元に残る銀色の亀裂が、熱を帯びる。
以前のように、その熱へ呑み込まれる感覚はなかった。
思考を塗り潰すような冷たい鼓動ではない。
胸の奥にある気持ちへ寄り添うような、静かな温度だった。
窓の外では、夕暮れがゆっくりと夜へ溶けていく。
白い病室に、穏やかな静寂が満ちていた。
喉元へ指を添える。
緑色の十字紋章。
その中心に残る、銀色の亀裂。
中央庁の視線も。
ヴェインの言葉も。
母の過去も。
『ニルヴァーナ』の変化も。
どれも、これから向き合っていかなければならない。
それでも。
私はまだ、ティファとしてここにいる。
ラビの手を、温かいと思える。
誰かを特別に思う気持ちを、失わずにいられる。
それだけで、今は十分だった。
メモ帳へ、最後に一文だけ書く。
『少し、眠ってもいい?』
ラビは、その文字を見ると目元を和らげた。
「ん。寝ろ寝ろ」
つられて、私も笑った。
「起きた時も、ちゃんといるさ」
柔らかな安堵が、身体の内側へ広がっていく。
頷き、ゆっくりと目を閉じる。
眠りへ落ちる直前。
繋いだ手へ、そっと力を返した。
ラビも、同じように握り返してくれる。
それが嬉しくて。
ほんの少しだけ、微笑んだ。
沈んでいく意識の遠くで。
「……もう、どこも行くなよ」
そんな声が、聞こえた気がした。