第47章 【第四十二話】『私』として、ここに
ラビが言葉に詰まった。
「……っ、それは……」
コムイさんが、わざとらしく咳払いをして医療記録へ目を落とす。
その口元だけは、わずかに緩んでいた。
師匠は満足そうに鼻を鳴らし、そのまま扉へ向かった。
こちらへ背を向けたまま言う。
「死に損なったんだ。次はもう少し、上手く生きろ」
不器用で、乱暴な声。
その言葉は、胸の中へ静かに残った。
「……」
返事の代わりに、目を伏せる。
師匠はそれ以上何も言わず、廊下の監視員を引き連れて病室を出て行った。
扉が閉まる。
病室に、また静けさが戻った。
「さて」
コムイさんが眼鏡を押し上げる。
「ラビも本来なら、自分の病室へ戻らないといけないんだけれど」
ラビは、露骨に嫌そうな顔をした。
「いやいや、オレはここで平気さ」
「平気かどうかを判断するのは医療班だよ」
「じゃあ医療班に、オレはもうピンピンしてるって伝えといて」
「そうやって逃げてきた患者を信用できると思うかい?」
コムイさんは、ラビの肩へ目を向けた。
「包帯、明らかに巻き直していないね」
「えー……」
ラビは不満そうに声を漏らしながらも、繋いだ手だけは離さなかった。
その指先を見つめる。
離れてほしくない。
そう思った瞬間、胸が驚くほど素直に痛んだ。
以前なら、そんな感情を押し込めていたかもしれない。
心配を掛けないように。
迷惑を掛けないように。
けれど今は、この気持ちを消したくなかった。
枕元のメモ帳へ手を伸ばすと、ラビが気づいた。
「書く?」
頷く。
ラビがメモ帳とペンを手渡してくれた。
震える指で、短い一文を書く。
『もう少しだけ、ここにいて』
書き終えた途端、頬が熱くなった。
ラビは、その文字を見たまま動かなかった。
一秒。
二秒。
やがて、片手で顔を覆う。
「帰れるわけねーだろ、んなこと言われたらさ」
コムイさんが息を吐いた。
その表情が和らぐ。
「……十分だけだよ」
「十分!?」
「嫌なら今すぐ戻る?」
「十分で頼むさ!」