第47章 【第四十二話】『私』として、ここに
「……なるほどな」
その声には、珍しく軽さがなかった。
「喰われる側で終わらなかったか」
病室の空気が張り詰めた。
ラビが顔を上げた。
「……知ってたのかよ」
師匠はすぐには答えず、ひとつ息を吐いた。
「可能性ならな。ここまで進んでるとは知らなかった」
師匠は低い声で続けた。
「お前の力は、お前から人間の部分を削ろうとしてた」
頭の奥に、あの声が蘇った。
――泣かなくていい。
――誰か一人を求めるから、苦しくなる。
――全てを等しく愛せばいい。
息が詰まりかけた瞬間、ラビの指が強く手を包んだ。
その温度に縋り、どうにか呼吸を取り戻す。
「だが、お前は拒んだ」
師匠は言った。
「聖女としては失格だ」
心臓が跳ねる。
その言葉は、本来なら恐ろしいものだったはずだ。
役目を果たせなかったという否定。
母も背負ったのかもしれない、逃れられない烙印。
なのに今、その響きは不思議なほど苦しくなかった。
師匠は喉元を見たまま続ける。
「だがまあ……人間としては正常だろ」
涙が零れた。
正常。
たったそれだけの言葉が、今は赦しのように聞こえた。
「……師匠……」
掠れた声が漏れる。
喉に痛みが走り、眉を寄せた。
師匠はすぐに顔をしかめる。
「喋んなっつってんだろ。馬鹿弟子」
叱る声に、突き放す冷たさはなかった。
涙を拭うこともできないまま、口元を緩める。
師匠は一瞬だけ顔を背け、それから低く言った。
「お前の母親も、同じものを恐れてた」
口元から笑みが消えた。
「誰かを救うほど、自分が薄れていくことをな」
病室が静まり返る。
母の姿が、脳裏に浮かんだ。
優しい声。
父を送った夜の歌。
旅の途中、何も言わず私を抱き締めてくれた腕。
そして、最後まで語らなかった過去。
母も怖かったのだろうか。
誰かの救いであり続けるうちに、自分が自分ではなくなってしまうことが。
誰か一人を愛する心まで、失ってしまうことが。
「……元帥」
コムイさんが口を開いた。