第47章 【第四十二話】『私』として、ここに
彼はベッドの傍へ一歩だけ近づき、静かに微笑んだ。
「また来ます。だから今は、ちゃんと休んで」
ゆっくりと頷いた。
リナリーも、名残惜しそうにベッドへ近づく。
「私もまた来るね。今度はメモ帳と、……喉に負担のないものを、医療班に聞いて持ってくる」
優しい声だった。
私は口元を緩める。
神田も壁から身体を起こした。
扉へ向かいかけたところで、足を止める。
こちらを見た。
何か言いかけて、やめる。
そのまま、無言で部屋を出て行った。
扉が閉じ、病室に静けさが戻る。
残ったのは、私とラビ、そしてコムイさんだけだった。
コムイさんが、枕元へ新しいメモ帳を置く。
「伝えたいことがあったら、無理に声を出さずにこれを使って。君の喉は、君の大事な身体の一部なんだから」
その言葉に頷いた時、廊下の向こうから重い靴音が響いた。
コツ、コツ、と。
扉の外で、複数の気配が動く。
コムイさんの表情が引き締まった。
ラビの手が、私の手を包んだまま強張る。
やがて、扉が開いた。
消毒液の匂いが満ちる病室へ、酒と煙草の残り香が入り込む。
長い外套。
無精髭。
気怠そうな目。
二人の中央庁監視員を廊下へ残し、一人の男が病室へ入ってきた。
呼吸が、止まりかけた。
「……師匠……」
師匠が、見張られている。
その事実の方が、再会の喜びよりも先に胸へ落ちた。
師匠は火のついていない煙草を咥えたまま、片目を細める。
「……よう」
低い声。
「死に損なったな」
乱暴な言い方だった。
それでも、その声を聞いた途端、張り詰めていたものが少しだけほどけた。
師匠はベッドの傍まで来ると、包帯だらけの私を上から下まで一瞥した。
やがて、喉元で目を止める。
そこにあるのは、寄生型イノセンスの証――小さな緑色の十字紋章。
その中心には、以前にはなかった細い銀色の亀裂が走っている。
消えたはずの光が、傷痕の奥で呼吸するように揺らいでいた。それが、内側から分かった。
師匠の目が鋭くなった。